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愛媛県
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●近所の恐怖探検記
 愛媛0003
九州・四国・中国地方の恐怖スポットの調査レポを掲載
 

    
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調査No.  御 題    写真抜粋
SE0003 死人道峠
内容
約10年前までは「死人道峠」と実際に地図に示されていたらしいのです。地元信仰の一種の霊道と云う話が・・


調査メンバー
新生児V世の恐怖実体験:新生児V世様
近所の怪談      :大吉様・ごんぺい
装備品:デジカメ・おやつ・ナビシステム


先ほどのスポットSトンネルを後にし・・・
次もとある噂のある峠へ向かう事になる・・・・・

現在では峠名が変更され一見普通に見えるこの峠、県道●号線●市から●町の間は、約10年前までは「死人道峠」と地図に示されていたらしいのです。
その様な名前が付いたいわれとして「亡くなった方があの世に通じる
●●山に行く為に通っていた道、「霊道」になっていたから」だそうです。
今回の探検はあまりにも少ない情報(噂)不鮮明な情報の中で行った探検で、実際には、多少現地の噂とは噛み合わない点が有るとは思いますが・・
折角ココまで来たので少し寄ってみる事に・・・

2007年12月9日追記
案件=情報提供
御投稿者:マフラー巻き様

死人道峠についてですが、よく世俗に間違えられていますが、読みは「しにゅうどうとうとうげ」と読みます。
この峠、噂をお聞きしているように文面から推測しましたが、ご察しの通り郷土の風習からこのような地名となっております。
古くから、地元では高縄山は霊山として進行を受けておりました。
が、江戸期において、その信仰が悲しい歴史を引き起こしたのです。
それは、お耳にしたこともあろうと存じますが「うば捨て山」でした。
死人道峠は、家族が捨てに行く際に最後に通る峠であり道であり、その手前には最後の別れをした「儀式」という地名も残されております。
現在でも、高縄山では年に数回身元不明の古い白骨が発見されています。
それらは山頂の高縄寺にて丁重に供養され、猿川地区の無縁塔に納められます。
悲しい歴史ですが、不謹慎ながらも実際にあった教科書に載らない歴史が地名に残っている事が、私には大変面白く思えてなりません。
こうして歴史がオカルトとは言え、噂に残るのは良いことだと思いますが、一家虐殺など間違った情報がまかり通る現在には少し心を痛めております。
私の言う話のソースは、風早郡史という大変古い資料に基づきます。
現在では、県立以上の図書館に行けば見かけることができますが、昭和30年以前の編集ゆえ、普段目にできない貴重な資料となっております。


管理人より:貴重なお話ありがとうございました。
      この場をお借りし、お礼申し上げます。



峠の入口にて・・
いよいよ峠の入口のようです・・
かなりの山奥に入り闇が濃くなったせいなのか車のライトで照らすが周囲がよく見えない・・











峠、頂上付近にて・・・
暫く走ると頂上に到着・・
車のライトを背に写真を撮ってみる・・
噂ではこの坂道を亡くなった方が上って来るそうです・・
とりあえずこの坂も下って見ることにします・・











峠の下りにて・・・
坂の下り途中まで来た所でこの先に進むがそれらしいものは見つけることが出来なかった・・
車をUターンさせ今回のこの峠の調査は終了することにした。













今回の感想


今回の調査は本当に少ない情報の中で行ったのでいろんな意味で大変でした。
でも、噂では10数年前までの地図にはこの峠の名前が死人道峠であったことも記されているらしいですし・・
う〜ん10数年前の四国地図、誰か持ってないでしょうか・・
いつか実際に地図で確認してみたいですねぇ〜











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