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●近所の怪談第七夜
全国よりご投稿頂いた恐怖体験談を掲載しています。
 

     
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怪談数  御 題    御投稿者様
0688 生き人形 虫鳴山 様
これは母とその家族が経験した、昔の話なのです。
祖父が亡くなったのは母がまだ7歳、小学一年の七月だったそうです。
祖母は、それまで暮らしていた東京・世田谷の自宅を売り払い、祖母の故郷、青森県・五所川原の祖母の兄弟が管理している借家に、母や中学生の母の姉とまだ2歳半の母の妹の4人で引っ越しました。(祖父は、どうやら何か事業をやってた人らしく、なかなかいい生活をしてたらしいのですが、祖母だけとなると、その家を切り盛りするのは、さすがに無理があったらしいのが理由のひとつで…祖母はあまり東京が好きじゃなかったらしいです)
その借家なのですが、昔ながらの田舎の家で、あまり広い家ではなかったらしいです。女だけの4人の暮らしはことのほか苦しく、豆電球や最悪の場合は蝋燭で夜を過ごさなければならない時もあったらしいのです。
叔母(母の姉)は、翌年、中学を卒業してすぐ弘前に出稼ぎに出て、もう一人の叔母、つまり母の妹も同じ年に、不運にも熱風邪で他界し、家には母と祖母の二人きりになりました。
当時、祖母は五所川原の町の町工場で工員として働いており、家から片道だけでも一時間はかかるうえ帰りはバスも終電の夜十一時…母は一人で留守番をしなくてはならない日々が、それから十年は続く事になるのですが…。
母は…その家に存在する本来なら存在しないはずの何かに、最初から気付いていたそうです。ただ、祖母は忙しいし、会える時は極力、楽しく過ごしたかったから、祖母には話せなかったらしいのですが…。
決まって母が一人で家にいる時に限って、感じたそうです…誰もいないはずの家の中で、ポルターガイストとでも云うんでしょうか、水道の水が勝手に勢いよく流れたり、付けたつもりもないのに、電気がついたり消えたり…シャワーを誰かが浴びていたり…、時には強い視線を感じたり、色んなことがあったそうです。…敏感に感じながらも母は中学生になるまで誰にも、その事を言わないまま過ごしていたらしいのです。
それは、母が中学二年の春、母親になった姉が従姉(まだ2歳だった)と一緒に里帰りしてた時のこと、当時、祖母は長年の無理が集り病院に入院していたので、家事のためだったそうです。
その従姉が変なことをいったのです、…この家には動く人形がいるよ…。母はその当時、遊具からはとっくに卒業していたし、そもそも人形遊具なんて買ってもらえる余裕もないし、飾りもあるわけでもない…人形なんてこの家には全くないのです。
それで、今までの奇怪な出来事の数々を母は叔母に打ち明けてみたところ、当時叔母は第二子を妊娠しており、敏感な時期でもあったのでしょう。
確かに、何かを感じていると気付いてくれたそうです。
叔母は弘前で知り合いの霊媒師を呼んでくれて…家の中を見てもらいました…確かにいたそうです。…ただ、それは人の霊というわけではなく魂が人形の形になった生き人形だというのです。
そして、また、それは家自体の問題ではなく、私達自身血縁のなんらかの関係があるらしいということだったのですが、それは幼くして亡くなった母の妹とは別の魂らしく、…母と叔母には、心当たりがなく、
また、生きている人間への羨みや淋しさ、侘びしさで多少悪霊になりかけていたのもあって、たちまちは浄霊といまだに成仏しきれていなかった母の妹の供養だけしてもらい、あの生き人形の正体はこの地点ではまだ謎だったのですが…
それがはっきりしたのはそれから五年経った母が19歳になった秋、祖母が亡くなる前に、…祖母に、生まれることなく亡くなった双子の姉がいたのが分かったのです。
祖母が亡くなって、その後、あの弘前の霊媒師にその話をしたら、多分…その魂だったのではないかと、のことでした。
その後、母は再び東京に出て、自分で事業を開き、あの世田谷の元自宅を取り戻し、今もそこで暮らしています。…母はむしろあの生き人形は、自分とあの頃一緒にいてくれたものと捉えて、その生まれることなく亡くなった祖母の双子の姉と祖母の誕生日はあの幼くして亡くなった叔母の魂もともに冥福を必ず祈っています。
2011/10/
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