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●近所の怪談第七夜
全国よりご投稿頂いた恐怖体験談を掲載しています。
 

     
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怪談数  御 題    御投稿者様
0635 祟りの山 怖がり 様
学校で習う源氏・平家の戦い。
《壇ノ浦の合戦》は有名ですけど、何故そこまで平家が追い詰められたか?教科書には出て来ない事実が岡山にあります。
平家は、山口・壇ノ浦に逃げる前に大きな戦いを岡山でしています。この戦に破れ、山口まで逃亡せざるを得なかったのです。
藤戸合戦。岡山県倉敷市藤戸町にルーツはあり、合戦の史跡が多数存在します。それに纏わる話も幼少の頃から聞かされて地域の子供は育ってます。あそこには近じくな!そう言われる場所があります。
その中の一つに《笹無し山》があります。
昔から祟りがあると言われている本当に小さな山です。
インターネットで検察すれば出ますので興味があれば閲覧ください。
☆その歴史・・・
何故、源氏が平家に対し大勝出来たのか?
平家が不利な状況が見え隠れし始めた頃、平家の軍勢は岡山に拠点がありました。
平家は源氏からの攻撃を逃れるべく、陸からほど近い島に移動していました。
源氏は攻めあぐね、攻撃の対策を練り・・・その時の源氏の大将が笹木盛綱でした。
今で言う参謀長官・・・作戦を任せられた盛綱は周辺の漁師から情報を集め、平家の立てこもっている島は、ある潮位の時に陸続きになる事を突き止めます。
猟師町で母一人、子一人の若い漁師を抱き込み、その潮位に合わせて大軍勢を島へ送り込み奇襲・・・殲滅!この計画をした訳です。
その戦略は、大成功し平家はちりじりとなり壇ノ浦まで逃亡生活となり留めを刺された事になります。
盛綱の功績は大きく評価され平家の中での位も上がりましたが・・・敵にバレては奇襲は成功しない訳です。
この事実を知っているのは案内役の若い漁師一人!
あろうことか、盛綱は奇襲前に情報の漏洩を恐れ・・・漁師を切り殺してしまいます。
その後、藤戸合戦は源氏の大勝!これに怒ったのが、殺された漁師の母親でした。
大敗した平家を追い、源氏が去った後に母親は狂ったそうです。
『笹木盛綱なら、笹も憎い!』と・・・
狂った母親は、山の笹を鎌で山が禿るまで狩り死んだそうです。
以後、この山には母親の怨念のせいか笹が全く生えなくなりました。
子供の頃には、みんなが『あの山には行ってはダメ!』と言われました。実際、周囲には笹が生えてるのに、その小さな山には笹は生えていませんでした。
時代は流れ、怨念も解けたのか?現状では笹は生えていますけど。
倉敷には、盛綱を称える物、祟りを恐れ追悼する物・・・多数あります。それぞれに歴史の裏舞台が存在します。
2009/08/
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